第一回目の留学ブログです。
ただいまの時刻、現地で19:55、日本で深夜の3:56
飛行機の中では一時間も寝てないので、さすがに眠くなってきました。
第一回目の内容としては、出発➝現地➝宿までのお話をしようかと思います。
・出発
空港は関西空港から行きました。
まず出発前に外貨両替のレートを見て回って、JPY➝£に変えてきました。
そして、出国審査。荷物を全て置き、いざゲートへ、
まぁ何もなかったんですけど、左ポケットに入ってる飴ちゃんは、ばれませんでした。
11:45発、ヒースロー空港行きの飛行機に乗りました。直行便です。
しかし、かかった時間は12時間。長い…
12時間何をしていたかというと、
1,ファンタスティックビーストを見る➝一回見たから、飽きて寝てしまう
2,アベンジャーズエンドゲームを見る➝前の話が分からないので、途中でやめる
3,ご飯(見えてないけどすき焼き)
4,読書➝時間が進まなさすぎることに気が付いてやめる
5,ボヘミアンラプソディーを見る➝割と集中して見る
6,二度目のご飯(チキンカレー)
とこんな感じでした。(映画しか見てない)
まぁそんな感じでイギリスに無事着きました。
次の難関、入国審査ですね。
現地に着いたとき、どこに並べばいいのかわからなくて、空港のおじさんに聞きました。
おじさん「出身は?」
僕「日本です」
おじさん「年齢は?」
僕「17です」
おじさん「一人で来たの」
僕「はい」
おじさん「目的は?」
僕「勉強です」
おじさん「ビザは?」
僕「ないです」
おじさん「何か月?」
僕「一か月です」
すると嫌そうな顔をしながら並ぶところを教えてくださいました。
入国審査でも同じようなことを聞かれました。
ただビザはないといったときに、学校からの案内はあるかと聞かれたので、サウサンプトン大学からのinvitation letter を見せて、難なくクリア。
入国審査のおじさんたちは基本優しい人ばかりなので、緊張しなくて大丈夫です!
入国審査を通り、荷物を取って、自動の開き戸に少し感動しながら、出口に向かいました。出口では岩野先生が待ってくださりました。
そしてロンドンヒースロー空港を後にして、大学の寮へと向かいました。
寮へ着き、寮の事務室的なところに行くと、君はまだ泊まれないだの、契約が完了してないだの、部屋番号がわからないだの、警備のおじさんに言われました。
えっ、俺の泊まれねーの⁉
て少しなりました。
結局、警備のおじさんたちは何を言っていたかはわかりませんが、カギの入った袋を渡してくれました。(あるんかい!)
まだ何が問題なのかわからないですが一応泊まれるようです。
部屋の鍵をもらい、どこから入るのか、カギはどう使うのか、聞いたり、試したりして、ようやく部屋に入りました。
部屋がまだ整理できてないので、また今度じっくり話します。
一日目いろいろありましたが何とか乗り越えました。
今回はこれまで、おやすみなさい!
2019年8月18日日曜日
2019年3月30日土曜日
ドイツ建築留学 #6
どうも石井大治朗です。
たった今ヘルシンキ空港に到着し、関西空港行きのフライトを待っているところです。
さて、今日で一ヶ月に渡った僕の留学も終わり。 この一ヶ月色々なことがありました。人生初の海外インターンは勿論のこと、スターアーキテクトとの対談、数々の有名建築の見学、黒人と揉めるなどたくさんのことがありました。
その中でたくさんの学びがありました。
まず、TAKENAKA EUROPE GmbHでインターンが出来て良かったと思います。
TAKENAKA EUROPE GmbHの方々は通常業務で忙しいにも関わらず、実務的なことを一つも知らない僕を受け入れてくださいました。そのことに感謝したいと思います。
また、非常に日本を代表する企業なだけあって、優れた技術、優秀な人材が揃った企業だと思いました。
例を挙げて言えば、BIM(Building information modelの略:コンピューター上に作成した3次元の建物のデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを追加した建築物のデータベースを、建築の設計、施工から維持管理までのあらゆる工程で情報活用を行うためのソリューションであり、また、それにより変化する建築の新しいワークフロー)という技術を駆使したプレゼンを見せていただいたのですが、ボルトの一本一本まで3dモデリング出来ていたりQRコードをスキャンしたらスマートフォン上にVR空間を映し出したりできるようで時代はここまで来てるのかと思いました。
3Dモデリングしたものがそのまま現場で建つのだと考えたら、かなりのコスト削減だと思いました。(ただ、実際はBIMを使える技術者、BIMの3Dモデルを理解出来る施工者が少ないのが課題なのが現状です。また、建築が建つ前に殆ど出来上がるものの限界値のようなものが分かってしまってそれはどうなのかと思ってします自分もいます。)
このBIMという新しいテクノロジーの出現によって、建築業界にBIMオペレーターという新しいポストが出来てきたらしいです。
BIMを使いこなせる人間はまだ少なくてヘッドハンティングして呼んできたりと引く手数多らしいので新しいテクノロジーに興味がある人は勉強してみてはいかがでしょうか。
その他にも現地企業にはないユーティリティを持っていたり誠実で確実な設計・施工をしていたりしているなどいいところはたくさんありました。ちなみにいうと関西空港や全国各地のドーム、あべのハルカスなどの建築物の設計や施工は竹中工務店です。
そんな、時代に合わせてダイナミックに動いている竹中工務店でインターンの経験を積めていい経験になりました。
次に自分の考えが変わったことです。日本では国立競技場建設問題以来、建築界隈でのネガティヴなニュース(建築士資格の持っていない人の設計行為の発覚、リニア談合など)が目立っています。
ビエンナーレの流行により建築からアートに主役が移っていっている。昔なら建築的な方向で進むはずのプロジェクトがランドスケープ的に片付けられている。建築はすでに無力。と思っている自分が今までいました。
そんな中、革命だと言われているような建築や建設に600年以上かかっている大聖堂など色々な建築を見て回りまわったり世界で活躍されている建築家と話をしたりしました。
ある建築家の方とお話をさせていただいた時、自分の視野の狭さを実感しました。
そして、興味が建築ど真ん中から興味が自治体と街づくりに移りました。日本を建築単体を作る技術は世界一だと思いますが、都市を計画する上でのビジョンがヨーロッパに比べててんで無いと思います。
なので、震災によってバラバラにされたコミュニティが壊れたままだったり、明石のように海と街の間にでかいマンションが建つんだと思います。
これからはでかいマンションを海のど真ん前に立てるボトムダウンのような街づくりでは無く、住民の魂のような人間のうちの部分を大事にしたボトムアップの街づくりをしていかないと日本はある意味貧しい国になるのでは無いのかという危機感にも似た気持ちを持つようになりました。
ただ、そんなことは言ってもすごい建築は本当にすごいです。雑誌を見て知ったきになるのではなく実際に建築をウォッチすることはこれから大事にしていきたいと思います。
最後にこれからのことを書きたいと思います。
日本は豊かになりすぎて不透明な社会でこれから社会に出るのを控える学生が不安になる状況だと思います。そんな中でこれから自分がどうなるかはちっとも分かりませんが、自分の芯を強く持ち、やりたいことや日本に必要なことを模索し続けて出来るだけ自分の力でチャンスを掴みとって活躍していきたいと思います。
また、あまりグローバルに働きたいとは思わなくなったのですが、海外で得られた知見を日本というフィールドで活かすという形でこの度の留学の経験を生かそうと思います。
ただ、僕は今スイス、スペインの建築やシカゴ、ニューヨーク、オランダの都市計画など海外で興味のあることがたくさんあります。目の前のことでいっぱいいっぱいになるのではなく、そういった自分の興味を満たすことも忘れず生きていきたいです。
ではこんなところで僕の留学ブログを完結させたいと思います。
たった今ヘルシンキ空港に到着し、関西空港行きのフライトを待っているところです。
さて、今日で一ヶ月に渡った僕の留学も終わり。 この一ヶ月色々なことがありました。人生初の海外インターンは勿論のこと、スターアーキテクトとの対談、数々の有名建築の見学、黒人と揉めるなどたくさんのことがありました。
その中でたくさんの学びがありました。
まず、TAKENAKA EUROPE GmbHでインターンが出来て良かったと思います。
TAKENAKA EUROPE GmbHの方々は通常業務で忙しいにも関わらず、実務的なことを一つも知らない僕を受け入れてくださいました。そのことに感謝したいと思います。
また、非常に日本を代表する企業なだけあって、優れた技術、優秀な人材が揃った企業だと思いました。
例を挙げて言えば、BIM(Building information modelの略:コンピューター上に作成した3次元の建物のデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを追加した建築物のデータベースを、建築の設計、施工から維持管理までのあらゆる工程で情報活用を行うためのソリューションであり、また、それにより変化する建築の新しいワークフロー)という技術を駆使したプレゼンを見せていただいたのですが、ボルトの一本一本まで3dモデリング出来ていたりQRコードをスキャンしたらスマートフォン上にVR空間を映し出したりできるようで時代はここまで来てるのかと思いました。
3Dモデリングしたものがそのまま現場で建つのだと考えたら、かなりのコスト削減だと思いました。(ただ、実際はBIMを使える技術者、BIMの3Dモデルを理解出来る施工者が少ないのが課題なのが現状です。また、建築が建つ前に殆ど出来上がるものの限界値のようなものが分かってしまってそれはどうなのかと思ってします自分もいます。)
このBIMという新しいテクノロジーの出現によって、建築業界にBIMオペレーターという新しいポストが出来てきたらしいです。
BIMを使いこなせる人間はまだ少なくてヘッドハンティングして呼んできたりと引く手数多らしいので新しいテクノロジーに興味がある人は勉強してみてはいかがでしょうか。
その他にも現地企業にはないユーティリティを持っていたり誠実で確実な設計・施工をしていたりしているなどいいところはたくさんありました。ちなみにいうと関西空港や全国各地のドーム、あべのハルカスなどの建築物の設計や施工は竹中工務店です。
そんな、時代に合わせてダイナミックに動いている竹中工務店でインターンの経験を積めていい経験になりました。
次に自分の考えが変わったことです。日本では国立競技場建設問題以来、建築界隈でのネガティヴなニュース(建築士資格の持っていない人の設計行為の発覚、リニア談合など)が目立っています。
ビエンナーレの流行により建築からアートに主役が移っていっている。昔なら建築的な方向で進むはずのプロジェクトがランドスケープ的に片付けられている。建築はすでに無力。と思っている自分が今までいました。
そんな中、革命だと言われているような建築や建設に600年以上かかっている大聖堂など色々な建築を見て回りまわったり世界で活躍されている建築家と話をしたりしました。
ある建築家の方とお話をさせていただいた時、自分の視野の狭さを実感しました。
そして、興味が建築ど真ん中から興味が自治体と街づくりに移りました。日本を建築単体を作る技術は世界一だと思いますが、都市を計画する上でのビジョンがヨーロッパに比べててんで無いと思います。
なので、震災によってバラバラにされたコミュニティが壊れたままだったり、明石のように海と街の間にでかいマンションが建つんだと思います。
これからはでかいマンションを海のど真ん前に立てるボトムダウンのような街づくりでは無く、住民の魂のような人間のうちの部分を大事にしたボトムアップの街づくりをしていかないと日本はある意味貧しい国になるのでは無いのかという危機感にも似た気持ちを持つようになりました。
ただ、そんなことは言ってもすごい建築は本当にすごいです。雑誌を見て知ったきになるのではなく実際に建築をウォッチすることはこれから大事にしていきたいと思います。
最後にこれからのことを書きたいと思います。
日本は豊かになりすぎて不透明な社会でこれから社会に出るのを控える学生が不安になる状況だと思います。そんな中でこれから自分がどうなるかはちっとも分かりませんが、自分の芯を強く持ち、やりたいことや日本に必要なことを模索し続けて出来るだけ自分の力でチャンスを掴みとって活躍していきたいと思います。
また、あまりグローバルに働きたいとは思わなくなったのですが、海外で得られた知見を日本というフィールドで活かすという形でこの度の留学の経験を生かそうと思います。
ただ、僕は今スイス、スペインの建築やシカゴ、ニューヨーク、オランダの都市計画など海外で興味のあることがたくさんあります。目の前のことでいっぱいいっぱいになるのではなく、そういった自分の興味を満たすことも忘れず生きていきたいです。
ではこんなところで僕の留学ブログを完結させたいと思います。
2019年3月29日金曜日
ドイツ建築留学 #5
どうも石井です。
今回は僕が今しているインターンというものに関して書こうと思います。
実は今建築業界ではインターンというものが大きな問題になっています。
つい先日こんな出来事がありました。(引用:https://www.theguardian.com/artanddesign/2019/mar/22/row-unpaid-interns-serpentine-london-gallery-pavilion-architect-project)記事の先は英語なので概要だけ説明しますと、今年のサーペンタインギャラリーを設計することになった石上純也という建築家の事務所がサーペンタインギャラリー設計チームのインターンの募集をかけたのですが、その待遇が無給、勤務時間午前11時~深夜勤務、週休1日、期間2~3カ月(以上)、自前PCでの作業、外国人の場合は招待状は出すがビザ取得は自力が条件などと労働基準的にアウトなもので、それに大して西欧の人間が痛烈に批判しているというものです。
確かに酷い労働条件だとは思います。また、石上さんの事務所が実際のところどうなのかはよく分かりませんが、所員の他にインターンを投入して、インターンに丸乗りしないと業務が回らない状況なら建築を設計する環境として健全では無いと思います。
また、今回の事件を皮切りにオープンデスクというものについての議論も巻き起こっています。オープンデスクとは日本の建築業界の言葉で設計事務所や建築事務所などで、実務を経験させてもらうことです。要はインターンと大して変わりません。
しかし、インターンは有給、オープンデスクは無給と考えている建築家が多いです。
今回の事件が飛び火して、日本の建築家は今無給のインターンやオープンデスクについて議論し始めています。大半の意見としてはオープンデスクは取りやめ、有給のインターンシップのみを今後執り行うとするが、事務所にとってコストがかかる話になるので事務所の近くの学生で長い付き合いが出来る人やインターンシップ採用のハードルを上げて真に優秀な学生のみに限定するというものです。
個人的にこの状況は学生にとって非常にまずいと思っています。
大半の無給のインターンやオープンデスクに参加している建築学生は働くというよりかは学ぶという意味でインターンやオープンデスクに行っています。つまり学習塾に行くのと感覚は一緒です。また、学びたいという意思を持ち建築家の元で業務体験をしてみたいと考えている建築学生は山ほどいます。
今回の騒動の結果オープンデスクやインターンの受け入れ先の数が大幅に減少すると思います。僕は労働基準の話も大事ですが、学生に学びの場を提供する事も等しく大事だと思っています。
この先インターン先探しが就職活動のように厳しいものになるかもしれないと考えたら、学生にとって好ましくない状況になると思うのでまずいと思うのです。
古来より「若いうちはただで働いて技術を盗んで成長する」といったギルド的な関係が日本に限らず存在しましたし、専門知識が必要になる職能ではそれが慣習として現代まで引き継がれていたりします。
西欧ではインターンの学生に一定の額以上の賃金を支払わなければいけないという法律があります。ただ、西洋ではギルド的な関係が無くなり学生インターンシップを「労働力」として位置づけているのと違い、日本ではあくまで「教育」として位置づけにあると思います。だから、西欧の人は石上さんを糾弾してるんだと思います。
ただ僕の意見としては日本と西欧のインターンについての考えは違うんだからいらない口を出すなと思います。極論無給が嫌ならインターンに行かなければいいと思いますしね。そんな事以上に学生の学びの場を作る方が大事だと思います。
しかし、学生を無料人材ととらえている実務者や長い労働時間にも関わらず、生きていくのがギリギリのレベルの収入しか得られていないアトリエ系事務所勤務者が多い状況は、健全ではないと思います。日本建築業界をあげて労働条件を整備していくタイミングなのかもしれないですね。 何れにしても根深い問題であることに間違いは無いです。
より能力の高い建築学生でなければインターンのチャンスでさえ得るのが難しくなるのが予想できるので、僕は自己防衛として精進したいと思います。
今回は僕が今しているインターンというものに関して書こうと思います。
実は今建築業界ではインターンというものが大きな問題になっています。
つい先日こんな出来事がありました。(引用:https://www.theguardian.com/artanddesign/2019/mar/22/row-unpaid-interns-serpentine-london-gallery-pavilion-architect-project)記事の先は英語なので概要だけ説明しますと、今年のサーペンタインギャラリーを設計することになった石上純也という建築家の事務所がサーペンタインギャラリー設計チームのインターンの募集をかけたのですが、その待遇が無給、勤務時間午前11時~深夜勤務、週休1日、期間2~3カ月(以上)、自前PCでの作業、外国人の場合は招待状は出すがビザ取得は自力が条件などと労働基準的にアウトなもので、それに大して西欧の人間が痛烈に批判しているというものです。
確かに酷い労働条件だとは思います。また、石上さんの事務所が実際のところどうなのかはよく分かりませんが、所員の他にインターンを投入して、インターンに丸乗りしないと業務が回らない状況なら建築を設計する環境として健全では無いと思います。
また、今回の事件を皮切りにオープンデスクというものについての議論も巻き起こっています。オープンデスクとは日本の建築業界の言葉で設計事務所や建築事務所などで、実務を経験させてもらうことです。要はインターンと大して変わりません。
しかし、インターンは有給、オープンデスクは無給と考えている建築家が多いです。
今回の事件が飛び火して、日本の建築家は今無給のインターンやオープンデスクについて議論し始めています。大半の意見としてはオープンデスクは取りやめ、有給のインターンシップのみを今後執り行うとするが、事務所にとってコストがかかる話になるので事務所の近くの学生で長い付き合いが出来る人やインターンシップ採用のハードルを上げて真に優秀な学生のみに限定するというものです。
個人的にこの状況は学生にとって非常にまずいと思っています。
大半の無給のインターンやオープンデスクに参加している建築学生は働くというよりかは学ぶという意味でインターンやオープンデスクに行っています。つまり学習塾に行くのと感覚は一緒です。また、学びたいという意思を持ち建築家の元で業務体験をしてみたいと考えている建築学生は山ほどいます。
今回の騒動の結果オープンデスクやインターンの受け入れ先の数が大幅に減少すると思います。僕は労働基準の話も大事ですが、学生に学びの場を提供する事も等しく大事だと思っています。
この先インターン先探しが就職活動のように厳しいものになるかもしれないと考えたら、学生にとって好ましくない状況になると思うのでまずいと思うのです。
古来より「若いうちはただで働いて技術を盗んで成長する」といったギルド的な関係が日本に限らず存在しましたし、専門知識が必要になる職能ではそれが慣習として現代まで引き継がれていたりします。
西欧ではインターンの学生に一定の額以上の賃金を支払わなければいけないという法律があります。ただ、西洋ではギルド的な関係が無くなり学生インターンシップを「労働力」として位置づけているのと違い、日本ではあくまで「教育」として位置づけにあると思います。だから、西欧の人は石上さんを糾弾してるんだと思います。
ただ僕の意見としては日本と西欧のインターンについての考えは違うんだからいらない口を出すなと思います。極論無給が嫌ならインターンに行かなければいいと思いますしね。そんな事以上に学生の学びの場を作る方が大事だと思います。
しかし、学生を無料人材ととらえている実務者や長い労働時間にも関わらず、生きていくのがギリギリのレベルの収入しか得られていないアトリエ系事務所勤務者が多い状況は、健全ではないと思います。日本建築業界をあげて労働条件を整備していくタイミングなのかもしれないですね。 何れにしても根深い問題であることに間違いは無いです。
より能力の高い建築学生でなければインターンのチャンスでさえ得るのが難しくなるのが予想できるので、僕は自己防衛として精進したいと思います。
2019年3月25日月曜日
独立記念日
Tere、こんにちは、今日は独立記念日について話していきます。
2月24日、今年は101年目の独立記念日がありました。
ただ、エストニアを少し知っている人なら疑問に持つと思うのですが、
「ソ連から独立してからまだ100年も経ってないんじゃないの?」という疑問です。
自分も誤解していたのですが、エストニアの歴史として1918年にロシアから独立、
実際にタリンでは大統領がセレモニーに参加している
様子をうかがえました。
僕の住んでいる町でも中心街では小さいセレモニーが行われていて、軍服を着た軍人さんが行進していました。
日本は建国記念日が2月11日にありますよね。
国の歴史を知るといろいろな行事をより深く楽しんだり考察できますね。
それでは、読んでいただきありがとうございます。Head aega !!
2019年3月20日水曜日
ドイツ建築留学 #4
こんにちは、石井大治朗です。
今回は「スイスの建築」について書こうかなと思います。
僕は先週の土曜日隣町のケルンに行きました。
ケルンでは主に二つの建築物を見ました。ケルン大聖堂と聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館です。
個人的に宗教に興味が無いので、ケルン大聖堂は何も思わなかったのですが、そのあとに行った、聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館が非常に面白かったのです。
聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館はスイス重鎮の建築家ピーター・ズントー設計で建物の中にはキリスト教に関する美術品が置かれています。
僕にとってスイス人の建築家の建物に入るのは初めての経験でした。
僕は素晴らしい美術館だなと思いました。白いコンクリートによる壁は継ぎ目のない滑らかな仕上げ、床も同じく繋ぎの見えないテラゾー。シンプルで静的かつ禁欲的とでもいうのでしょうか。
また所々にある大きな窓からケルンの街並みが見えることもアクセントになっています。ゾーニングも面白く鑑賞する人用の動線をわざと限定せずに自由に美術館内を動き回れるようになっていました。
その次の日、ズントーから派生してスイス人の建築家に興味を持った僕はインターン先に置いてa+u(エーアンドユー)という建築雑誌の若手スイス人建築家(U45)特集があったので読んでみることにしました。読む前はスイスの建築家は一様にミニマルな構成と凝りに凝ったディテールを好むんだろうなと思っていました。
しかし、それは違いました。
スイスは国内に四つの公用語がある、多様性を持った国です。またそれに伴い各地域ごとの文化的特色がはっきりしています。それは建築においてもです。
それぞれの地域には異なった素材、形態の建築が作られています。それらを総称してスイス建築と評されるみたいです。そのためスイスの建築は地域性が強いところが特徴です。
本の中は4つに地域区分して、それぞれの地域の建築家をフィーチャーしていました。
小さい国の中に数多くの建築思想が存在するのは面白いと思いました。
ちなみに 僕がケルンで見た美術館のような形式の建築はミニマリズムと総称されているみたいで、スイスの一部の建築家が生み出したものです。
一昔前ポストモダンの華美な装飾に人々が飽きてきたときに登場してきて、シンプルなのミニマリズムの装飾がない感じが新鮮で一躍世界の建築界のスターダムに名乗りを上げたといったものです。
________________________________________
美術館に入館するとき、一つ判明したことがあります。それは特別なことがない限り、国際学生証は必要ないということです。
というのも美術館には学生料金で入ったのですが、僕は国際学生証を作らずにきたので、ダメ元で明石高専の学生証を提示して適当に説明したらすんなり学生料金でOKしてくれました。
ということがあり、なら別に身分を証明する以外には国際学生証いらないじゃんと思ったのです。
留学も気づいたら残り10日間です。最後まで安全に気をつけたいと思います。
今回は「スイスの建築」について書こうかなと思います。
僕は先週の土曜日隣町のケルンに行きました。
ケルンでは主に二つの建築物を見ました。ケルン大聖堂と聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館です。
個人的に宗教に興味が無いので、ケルン大聖堂は何も思わなかったのですが、そのあとに行った、聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館が非常に面白かったのです。
聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館はスイス重鎮の建築家ピーター・ズントー設計で建物の中にはキリスト教に関する美術品が置かれています。
僕は素晴らしい美術館だなと思いました。白いコンクリートによる壁は継ぎ目のない滑らかな仕上げ、床も同じく繋ぎの見えないテラゾー。シンプルで静的かつ禁欲的とでもいうのでしょうか。
また所々にある大きな窓からケルンの街並みが見えることもアクセントになっています。ゾーニングも面白く鑑賞する人用の動線をわざと限定せずに自由に美術館内を動き回れるようになっていました。
その次の日、ズントーから派生してスイス人の建築家に興味を持った僕はインターン先に置いてa+u(エーアンドユー)という建築雑誌の若手スイス人建築家(U45)特集があったので読んでみることにしました。読む前はスイスの建築家は一様にミニマルな構成と凝りに凝ったディテールを好むんだろうなと思っていました。
しかし、それは違いました。
スイスは国内に四つの公用語がある、多様性を持った国です。またそれに伴い各地域ごとの文化的特色がはっきりしています。それは建築においてもです。
それぞれの地域には異なった素材、形態の建築が作られています。それらを総称してスイス建築と評されるみたいです。そのためスイスの建築は地域性が強いところが特徴です。
本の中は4つに地域区分して、それぞれの地域の建築家をフィーチャーしていました。
小さい国の中に数多くの建築思想が存在するのは面白いと思いました。
ちなみに 僕がケルンで見た美術館のような形式の建築はミニマリズムと総称されているみたいで、スイスの一部の建築家が生み出したものです。
一昔前ポストモダンの華美な装飾に人々が飽きてきたときに登場してきて、シンプルなのミニマリズムの装飾がない感じが新鮮で一躍世界の建築界のスターダムに名乗りを上げたといったものです。
________________________________________
美術館に入館するとき、一つ判明したことがあります。それは特別なことがない限り、国際学生証は必要ないということです。
というのも美術館には学生料金で入ったのですが、僕は国際学生証を作らずにきたので、ダメ元で明石高専の学生証を提示して適当に説明したらすんなり学生料金でOKしてくれました。
ということがあり、なら別に身分を証明する以外には国際学生証いらないじゃんと思ったのです。
留学も気づいたら残り10日間です。最後まで安全に気をつけたいと思います。
2019年3月18日月曜日
バレンタインデー
こんにちは、今日はみんな大好きバレンタインデー in Estonia について書いていこうと思います。
バレンタインといえば日本では2月14日女性が友人や恋人、お世話になっている人などにチョコレートを渡すことで有名ですよね。3月14日にはいただいた男性がお返しをするホワイトデーの文化もありますね。
海外では男性が花束を渡したり、チョコを渡すのは日本だけの文化という話を聞きますが、エストニアでは一体どうなのでしょうか。
エストニアの2月14日はスブラパエヴという直訳数とFriend day、友人の日という意味になります。
普段仲のいい友人やクラスメイトにお菓子を渡すようです。
といってもクラスの少数しかお菓子を交換していなかったのでけっこう渡さない人が多いんじゃないかなという印象でした。住んでいる地域によって変わってきたりもすると思うのですが、僕の学校ではそんな感じでした。
チョコやクッキーを渡していたので日本と似ているとは思いましたが、少し変わっているのが文化の違いとして面白かったです。
それでは皆さん読んでいただきありがとうございます。
おやすみなさい、Head ööd
バレンタインといえば日本では2月14日女性が友人や恋人、お世話になっている人などにチョコレートを渡すことで有名ですよね。3月14日にはいただいた男性がお返しをするホワイトデーの文化もありますね。
海外では男性が花束を渡したり、チョコを渡すのは日本だけの文化という話を聞きますが、エストニアでは一体どうなのでしょうか。
エストニアの2月14日はスブラパエヴという直訳数とFriend day、友人の日という意味になります。
普段仲のいい友人やクラスメイトにお菓子を渡すようです。
といってもクラスの少数しかお菓子を交換していなかったのでけっこう渡さない人が多いんじゃないかなという印象でした。住んでいる地域によって変わってきたりもすると思うのですが、僕の学校ではそんな感じでした。
チョコやクッキーを渡していたので日本と似ているとは思いましたが、少し変わっているのが文化の違いとして面白かったです。
それでは皆さん読んでいただきありがとうございます。
おやすみなさい、Head ööd
年明けのタリン
こんにちは、久しぶりの投稿になります。
諸事情により写真を載せません、すいません、ご想像してお楽しみください。
結構前にホームシック的なものが訪れました。日本に帰りたかったわけではないですが精神的に参ってしまってかなりしんどかったです。ホームシックかと言われれば厳密には違うかもしれませんが意味合い的には似たようなものだったかと思います。
今日はタリンの年明けの様子について書いていこうと思います。
もう3か月前のことですが、さぼっていたので古いことから書いていきます。
年明けの前に話は年末に戻ります。
クリスマスシーズンから1月中旬までオールドタウンにはクリスマスマーケットという小規模の市場が設置されます。そこではエストニアの国民的な民族衣装やらアクセサリーやらが売っていました。見て回るだけでも楽しかったです。
ちなみにそこでは温かいクランベリージュースを買って飲むことができます。
これはエストニアの冬の飲み物の代名詞の一つです。味は少し癖がありましたが、飲みやすかったです。
また、夜になるとオールドタウン全体にちりばめられた電飾が光を灯し、高台から見下ろした夜景はとてもきれいでした。
晴れた夏のタリンの街並みもきれいですが、冬のライトアップのタリンのとてもよかったです。
さて、カウントダウンはタリンの中心地にある広場で行われました。会場にはステージがあり、カウントダウン前の音楽のライブがありました。
そこではその年有名な曲が流れていて、そのうち何曲か僕が知っていたぐらいだったので、結構な顔ぶれだったのではないかと思います。
そんな豪華なカウントダウンライブが終わり、ステージにはエストニアの大統領が出てきました。
そして演説を始めました。何を言っているのかわかりませんでいたが、会場は大盛り上がりでした。
そしてカウントダウンが始まり、カウントが0になった瞬間あちこちで花火が上がり、大きな歓声とともに年が明けました。
非常に賑やかで面白かったですが、寒さで凍えていたので、防寒対策はしっかりとしたほうがいいですね。
日本ではクリスマスは恋人や友人と、正月は家族と祝う人が多いと思いますが、エストニアでは、クリスマスを家族と祝い、正月は友人と時間を過ごします。
ヨーロッパだなと感じた瞬間でした。
日本でもエストニアでも年末と年明けは仲のいい人や家族と過ごすのはとてもいいことですね。こっちに来て家族を大事にする習慣を見て、自分も日本に帰ったら大切な人と時間を関係を大事にしていこうと思いました。
いかがだったでしょうか。最後まで読んでいただきありがとうございます。
それではさよなら、Head aega.
こんにちは、久しぶりの投稿になります。
諸事情により写真を載せません、すいません、ご想像してお楽しみください。
結構前にホームシック的なものが訪れました。日本に帰りたかったわけではないですが精神的に参ってしまってかなりしんどかったです。ホームシックかと言われれば厳密には違うかもしれませんが意味合い的には似たようなものだったかと思います。
今日はタリンの年明けの様子について書いていこうと思います。
もう3か月前のことですが、さぼっていたので古いことから書いていきます。
年明けの前に話は年末に戻ります。
クリスマスシーズンから1月中旬までオールドタウンにはクリスマスマーケットという小規模の市場が設置されます。そこではエストニアの国民的な民族衣装やらアクセサリーやらが売っていました。見て回るだけでも楽しかったです。
ちなみにそこでは温かいクランベリージュースを買って飲むことができます。
これはエストニアの冬の飲み物の代名詞の一つです。味は少し癖がありましたが、飲みやすかったです。
また、夜になるとオールドタウン全体にちりばめられた電飾が光を灯し、高台から見下ろした夜景はとてもきれいでした。
晴れた夏のタリンの街並みもきれいですが、冬のライトアップのタリンのとてもよかったです。
さて、カウントダウンはタリンの中心地にある広場で行われました。会場にはステージがあり、カウントダウン前の音楽のライブがありました。
そこではその年有名な曲が流れていて、そのうち何曲か僕が知っていたぐらいだったので、結構な顔ぶれだったのではないかと思います。
そんな豪華なカウントダウンライブが終わり、ステージにはエストニアの大統領が出てきました。
そして演説を始めました。何を言っているのかわかりませんでいたが、会場は大盛り上がりでした。
そしてカウントダウンが始まり、カウントが0になった瞬間あちこちで花火が上がり、大きな歓声とともに年が明けました。
非常に賑やかで面白かったですが、寒さで凍えていたので、防寒対策はしっかりとしたほうがいいですね。
日本ではクリスマスは恋人や友人と、正月は家族と祝う人が多いと思いますが、エストニアでは、クリスマスを家族と祝い、正月は友人と時間を過ごします。
ヨーロッパだなと感じた瞬間でした。
日本でもエストニアでも年末と年明けは仲のいい人や家族と過ごすのはとてもいいことですね。こっちに来て家族を大事にする習慣を見て、自分も日本に帰ったら大切な人と時間を関係を大事にしていこうと思いました。
いかがだったでしょうか。最後まで読んでいただきありがとうございます。
それではさよなら、Head aega.
登録:
投稿 (Atom)


