2016年9月27日火曜日

35日目

9/22
今日はチャンバラの練習の日でした!
スポーツチャンバラは日本発祥の競技なので、号令などが全て日本語なのですが、かなり前から気になっていたことが1つ。先生の発音と生徒達の掛け声が間違っている…。先生が「面を打て」と言うと、子供たちも「面を打て」と言いながら面を打つんです。いやなんでやねん!とずっと思っていたので、今日は表を作って持っていきました。表には、ロシア語のアルファベットで主な号令を書き、その横にロシア語でのその意味を書きました。私もまだ全然ロシア語ができないので、Google翻訳と持ってきている露和辞典を駆使して完成させました!表を渡すまでは、ロシア語での意味が本当にあっているかなとか、ちょっと出しゃばり過ぎてないかなとか色々考えていましたが、渡すとすごく喜んでいただいて、本当に良かったです。その表を完成させるのに時間がかかってしまい稽古開始ぎりぎりに行ったので渡すのは稽古後になってしまいました。だから次の練習で先生の発音が直っているか楽しみです。先生にも一応伝えたので、子供たちの掛け声は次の練習で先生と協力して直したいと思います。英語が通じないので先生の助けが必要なんです(^^;
表の写真や練習風景がスマホにあるのですが、なぜか画像が移せないので当分写真はアップできないと思います。すみません。

セブ滞在も残り5時間半...

帰国の準備などで忙しく更新できていませんでした。
先週末の話を。

先週の金曜日は東京に本社を置くLIGさんが運営するコワーキングスペース「いいオフィス CEBU」でRubyというプログラミング言語の勉強会があり,
いつも教えていただいているメンターの方と先輩が登壇するので見に行きました。




全て英語でのプレゼンだったのですが、ある程度理解することができました。
また終了後に世界を舞台に働いている方々のお話を聞かせていただき、将来について考えさせられました。


土曜日は最後の週末ということで、刑務所に囚人ダンスを見に行きました。
刑務所は結構山奥にあり、無事にたどり着いたまではよかったのですが...

タクシーを降りると近くにいたバイクタクシーのおじさんに「ノーダンシング」って言われました。
乗せるためにまた嘘ついてるんだろなーって無視してました。が、近くの日本人の方が「囚人が1人脱獄して2ヶ月間ダンスないらしい」って...
うそやろ...
逃げんなよ...
笑うしかありませんでした。


そして今日は最後の授業を受け、
約5時間半後の飛行機で日本に帰ります。

セブでの生活も残り5時間半となりました。
この一ヶ月間はあっという間で、
今まで生きてきた中で一番早く過ぎ去ったように感じました。
本当に充実していました。

トビタテの関係者の皆様、高専の先生方、留学に協力して頂いた方々、本当にありがとうございました。
今回の留学の経験を生かし、これからも頑張っていきます。

2016年9月26日月曜日

アトランタ日記 ♯14

本日もブログをみていただきありがとうございますm(__)m
アトランタより福元がお届けいたします.

今日は日曜日.来週の日曜日の午前に出国ですので最後の礼拝に教会に行ってきました.思えば約一か月前初めての礼拝に来たときはほんと右も左もわからず状態でどうしたらいいか全くでしたが教会の人たちに教えていただきもうスムーズに運べるようになりました.教会では様々な人と出会うことができまたそういった人生の先輩方と話すことで自分の将来もますます定まってきたように感じます.別れの際にはたくさんの方々にまた近いうちにあいましょうとかこっちの大学へぜひとか言っていただきまたお土産まで持たせていただき感極まりました.また,そのあと教会であった東日本大震災のチャリティーイベントにも参加させていただいたのですが発生から5年もたっていることほぼ地球の裏側の遠い異国でも多くの人が関心を持っていることなど1日本人としてうれしい限りでした.これから一週間は別れの一週間になることと思いますが出会いあれば別れありここで出会った多くの人々と再会できることを信じて...
短いですが今日もこのあたりでブログを閉じさせていただきます.
それではまた次回!

まとめ(セネガル)

セネガルでの活動は全て終了しました。
最後の週は風邪をひいてしまった影響でブログを上げることができなかったです。

今回はセネガルの建築プロジェクト、ケアプロジェクト、アンバサダー活動でしてきたことについて書きたいと思います。

まず建築プロジェクトでは今までのブログであげた通り、コンクリートをたたきこわして、セメントを塗り、ペンキを塗るという作業でした。作業最終日には先週の激しい雨で倒れた木々を切り倒し、燃やす作業もしました。

ケアプロジェクトではタリベセンターへ行き、子供達にご飯を作ったり、簡単な英語を教えるなどしました。20歳まで受け入れている場所だったので年上にも教えましたが、人に教えることがとても体力のいることだとわかり、勉強になりました。

アンバサダー活動としては、日本茶と剣道を現地の人に楽しんでもらいました。剣道では、自分の携帯に入っている動画を見せ、簡単な動きを真似してもらい、楽しんでもらえたと思います。

5週間、嫌なこともすごくたくさんありましたがそれと同時に異文化を学べ、少しはストリートチルドレンたちの役に立てたかなと感じているので、今は来て良かったと思えています。

簡単なまとめでした。















ネパール34日目

33日目は朝から夕方までポカラからカトマンズへバスで移動。カトマンズは雨でおとなしくホテルで荷物の整理などに勤しんだ。移動でほとんど一日が終わってしまったため詳細は割愛。
そのかわり今日たくさんのことがあったのでそちらをどっさりと書かせてもらう。
以下本編
まずバンダ(ゼネラルストライキ)について説明する。バンダはネパールで定期的に開催される今の政治体制に不満を持つ者たちが開催するデモで、バンダの日は終日車等の交通網は停止し(もしデモ団体に車を乗っているところが見つかるとへたすればボコボコにされる)レストランや土産屋も全て閉まる。困った行事だ。
そしてその行事がちょうど今日開催されると2日前に在ネパール大使館からメールが入った。しかし昨日、街の様々な人に確認したがバンダの話なんか聞いていない。前日までには国営放送で告知があるはずだがなかった、と口を揃えて言う。どうやらJICAでネパールを訪れている日本人の方に確認したところ、今回のバンダはなぜか中止となったらしい。きっと神様が最後の一日を楽しめるよう計らってくれたのだろう。帰ったら旅が安全で楽しくなるようにと願った神社さんにお礼参りに行かないと。
またカトマンズの交通渋滞は恐ろしく、そこらじゅうでクラクションが鳴り響く。街が騒がしく、混みあいだすと実践活動どころではなくなる。なので朝の6時から騒がしくなり始める8時半までを実践活動にあてた。早朝は人もまだまばらで現地の人々の素の生活の一部を垣間見ることもできた。それとカトマンズのゴミの量はポカラなど他の都市が比にならない多さで、半径1mの円の中にだいたい5個くらいは落ちている。けっきょくホテルの近辺の清掃で精一杯だったが、きれいになった路地を見るのはなかなか達成感がある。車にひかれそうになったが、少しでも現地の方になにか少しでも伝わっていたらいいな、と思う。
終わったあとは最後だし、少し肩の荷をおろして思いきり観光させてもらうことにした。今までたくさんの圧力をかけられてきたが、やることもやったし、今日くらい自分が楽しむためにたくさんの時間をさいてもいいだろう。自分へのご褒美というわけだ。
というわけで午前はとりあえずタメル(カトマンズ1の土産物屋地区)をぶらぶらと見てまわる。どこもやはり高い言い値をふっかけてくる。年端もいかない日本人などカモらない手はないというようだ。そこで、しばらく言い値を聞いて回り、いかついサングラスを装着。あらためて違ういくつかの店で言い値を聞いてみる。平均して20%くらい言い値が下がった。なんだこれ。人は一見にしかずと言うがやっぱり見た目は大事なんだ。
そして午後はまずタメルからタクシーで20分かけてパタンという大きな寺がそこらじゅうに建ち並ぶ仏教都市へ。お目当ては寺の見学とガネーシャという日本人の経営している土産屋だ。
到着後、まずは寺の見学はさておき、ガネーシャへ。土産の購入に加え、パタンの観光やネパールについての話、予備知識等の情報を仕入れるためだ。日本語の上手なネパール人のお姉さんが迎えてくれ、奥には店主の日本人のおばちゃんが。彼女は西宮出身で、関西弁に親しみが感じられた。路地を一本外れると住宅街にガラリと様変わりし、人々の素の暮らしを垣間見れると教えてくれたので、購入した土産と荷物を預け、いざ裏路地へ。メインストリートにあれほどいた観光客はまったくいない。建物の縁に腰掛け数人のおばちゃんたちがぺちゃくちゃと世間話に花を咲かしている。都市部の、商売人としてのネパール人ばかりを見てきた僕にはとても新鮮に感じる。しばらく歩くとお姉さんたちがせっせと機織りをしている。写真撮っていい?と聞くと、かなり照れながらも快諾。本当に親切な人ばかり。その後なにやら火花を散らしながら金属を加工しているおじいちゃんを見つけ、また写真の許可を求めると、中に入って近くで見せてやる。と張り切ってくれた。しばらく作業を見学。何を作っているのかはよく分からなったが、おじいちゃんとたくさん話をすることができた。彼には3人の息子と2人の孫がいて、孫がかわいくて仕方がないだとか、お前は次男にそっくりだから気に入っただとか、長男はフィンランドに出稼ぎに出てここ10年近く戻っていないだとか、とにかく身内の話が大好きで、家族愛に溢れているおじいちゃんだった。別れ際に家族は宝物だ、なによりも大切にしなさいという言葉をくれた。素朴で親切で家族を大切にする、そんなネパールの人々の素の姿を少しの時間だが感じることができて、本当にいい体験をしたなと思う。
そしてゴールデンテンプルというこじんまりとしているがまさしくゴールデンなお寺を拝観。なぜか一人のおじいさんに気に入られ、色々と寺を案内し一つ一つの仏像について丹念に説明してくれた(ほとんどネパール語のため理解できなかったが)。そして基本的に一般人は立ち入れないお経をお坊さんたちが詠んでいるところも許可をとってくれて見させてもらうことができた。日本のお経より少しリズミカルだった。そして一通り見学もしたので、おじいさんにお礼と別れを告げ、ガネーシャで荷物を受け取りタメルに戻る。
次はガネーシャのおばちゃんが教えてくれたネパールでは珍しい、最初から適正価格(普通の店舗で値切った場合の底値)で土産を売ってくれ、すべての商品に値札がついているアメリアクラフトというお店へ。シンギングボールという金属のおわんのようなものを購入。木の棒のようなものでシンギングボールのふちをなぞるにクルクルと回すと「ほわんほわん」と独特の美しい音を奏でるものだ。
そして次はフレンドリーエクスポートという日本人経営のショールのお店へ。
ここの店主のお姉さんが面白い人でショールのことも忘れ、二時間くらい話し込んだ。彼女はネパール人と結婚し、ここ4年くらいはずっとネパールに住んでおりネパール語も流暢。現地人のこともよく知っており、ネパールの現状を色々と教えてくれた。そしてショールの方も直接彼女が生産場にオーダーしたハイセンスなものがかなりリーズナブルな値段で揃っている。安いものだと400Rs、かなりいいカシミヤ80%くらいのものでも4000Rsくらい(1Rs=約1円)で、質の方も日本のものよりも高いくらい。日本で同じものを買うとだいたい3~6倍くらいする。使われている素材についてや、安いものがなぜ安いのかなども事細かに説明してくれ、家族等へのお土産も含め計9枚購入した。
ホテルに帰るとなぜか荷物が他の部屋に移され、明日からプロジェクトアブロードのプロジェクトに参加するおじさんとおにいさん(偶然二人ともドイツ人)と合部屋に。おいおい勘弁してくれよと心底不満に感じる。しかしまあ1日くらい別にいいやというわけで容認。食事の席などでいくらか話をし、少しはお互いを知ることができた。
そして夕食もシャワーも済まし二人は就寝。僕はブログをかきはじめた。右からはおにいさんのドイツ語の寝言が、左からはおじさんのいびきが絶えず続いているが、まあ寝れないことはない。
実践活動も完遂、喧騒の街カトマンズで思う存分楽しむこともでき充実した最後を味わうことができた。
明日はとうとうネパールとの別れ。
それでは、また明日。

2016年9月25日日曜日

曇天雨女 in Tekapo


2nd Tekapo Trip

 今回は一人旅。バックパッカーデビューです!バスに揺られて4時間弱。二度目のテカポは曇天小雨の空模様。到着してすぐに星空ツアーを明日に変更しましたが、滞在する3日間とも天気予報はあまり期待できないとのことで、悔しさのあまり極寒のテカポ湖に飛び込みそうでした(笑)天気ばかりはどうしようもないのですが、本当にこの留学、アクシデントばかりな気もします。

 星空がなければ何もすることがないじゃないかっ!と一人でいじけながら散歩していると、有名な「善き羊飼いの教会」が曇天の空の下にポツンと建っているのが見えました。本当にただの思い付きで行ってみると、とても素敵な教会で感動しました!中に入ることができたので入ってみると、外が曇天のはずなのに暗い外の雰囲気を感じさせない不思議な空間が小さな教会の中に広がっていました。教会に入って正面の大きなガラス窓からは、テカポ湖を一望することができ、ガラス窓の前には、二つの燭台に挟まれて十字架が一つ置かれていました。まるで十字架に晴れ間がさしているかのように見える不思議な空間でした。圧倒されてしばらく教会の椅子の端っこに座っていると、いつのまにか聖書を手渡されて、みるみるうちに教会は満席に、、、、。みなさん、おわかりですね?そうです。感動している間にお祈りの時間になっていたんです。またその空気に圧倒されてやるしかないと腹をくくり、いざっ!!しかし、、、神父様の一言目の発言に私の覚悟が揺らぎます。「これから一時間程度のお祈りを始めます。」 一時間、、、、。お祈りがそんなに時間のかかるものとは知らず、でも始まったものは仕方ないっ!改めて腹をくくり直しお祈りに参加しました。
 
 私はお祈りというものに少しも馴染みがなかったため、退屈で意味が分からないものだろうと思っていました。ですが、キリスト教会のお祈りは、とても感慨深いものでした。聖書に書かれている意味は確かに複雑で宗教的ですが、そこではなく言葉のリズムや参加している人々の雰囲気がとても心地よく、優しい気分になりました。4つほど歌を歌って(少し遅れて歌うようにしてメロディを覚えながら歌い切りました)パンとワインを一口ずつ口に含んだり、とても儀式的な雰囲気もありました。みんなで同じことを、同じ歌を、小さな教会の中で同じ気持ちになれる気がしてくるお祈りの不思議な空気。私は今日キリスト教というものに対する価値観が大きく変わったと思います。「神に祈る」。それはお願い事をするのではなく、目に見えない形への感謝と心の安らぎを求める人々が集まってできた儀式なんだと感じました。少しも嫌な感じはしません。今まで宗教という言葉にひっかかりを抱えていたことが無知だったと痛感しました。

 明日も朝から教会を訪れてみようと思います!、、、天候祈願も込めて、、、。


曇天の空模様、、、。

教会のすぐそばに建っている犬の像

善き羊飼いの教会です!!

教会の中は撮影禁止です

BBQ~ありがとう(28日目最終日)

今日は3学期の最終日。
私はほかの留学生と一緒にSandy BayでBBQを楽しんだ。

メニューはソーセージ(ポーク)とソーセージ(チキン)とオニオン(少量)そしてサンドイッチのためのパン。
あとサイドメニューリンゴ、オレンジ、ラミントン(ココナッツとチョコレートをトッピングしたスポンジケーキ)。

メニューは十分ではなかったが、私はソーセージを2,3本食べただけでお腹がいっぱいになった。
そしてそのあとはみんなと喋ったり、私をサポートしてくださった先生方にお礼をいうことに時間を使った。

彼は埼玉に3年間住んでいたことのあるデイビッド。時々日本語で話してくれて私を楽しませてくれた。international student dinnerの時は発表を手伝ってくださった。いろいろとありがとうございました。


イケメンのトリオと。右からイラン、アフガニスタン、パキスタンの留学生。彼らの英語はオージーと違ってすごくなまっていて聞き取りにくく、会話が成り立たないこともあったが、一番右の彼「どの女の子が一番?」が私にとっては恥ずかしかったけど、今思えば彼なりのコミュニケーションの糸口だったのかも。でもいつも一緒にいてくれてありがとう。


彼女はサリー。彼女は留学生のサポートの先生で、私の話をなんでも聞いてくれて、私の活動に興味をもって手助けしてくれて、英語の添削もしてくれて…本当に言い切れないくらいのたくさんのありがとうを彼女に言いたいです。


そして、ジェフとクリス。
彼らはホストとして1か月間、私の面倒を見てくださって、英語が簡単に伝わらなくてイライラしたことのあっただろうに、私が理解するまで説明してくださった。また私がここに行きたいと言えば連れて行ってくれたり、もしできない場合は交通機関を教えてくれたり、私が何かをしたいと言い出せばそれに便乗してくれたり、私の留学中の願いを全て彼らがかなえてくれたと言っても過言ではないくらいだ。ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。


そして、今日で私の留学は終了。明日は24時間かけて物思いにふけりながら長いフライトを楽しみます…