2016年9月25日日曜日

インタビュー④(25日目)

午後2時。
私は学校の近くの図書館にて、電話でアポを取った人と待ち合わせをした。
彼はRosny Hillの開発についての専門家。なので、今回は主にRosny Hillの開発について質問を行った。


今日分かったことは私がすごくびっくりしたことなのだが、周辺住民の約90%が開発に反対しているということだ。
実際、彼や前にインタビューをしたClarence City Councilの方も反対している。
では、なぜ開発の話が存在しているのか。実は最近中国人観光客が倍増していて、ホテルの需要が高くなっているそうで、彼らを呼び込むために外国の企業が計画しているそうだ。
ホテルといっても私たちが想像するような超高層ビルみたいな豪華なものではなく、複数のコテージを建てるといった計画だった。そして、タスマニアの自然災害 ”Bush fire” によるコテージへの延焼を防ぐため、周りの木を切るといった計画だった。しかし、計画通りのホテルを開発すると、鳥が棲めなくなるのに加え、たくさんの車がそこに集まることによる排気ガスの大量排出を周辺の住民が懸念し、大勢の人が反対している。インタビューを行った彼は実際に署名を集めているそうだ。


今日、二つのインタビューを行ったが、ホバート周辺では地方自治体が条例や自然保護の考えを市民に向けて発信し、市民もそれに同意して協力する。自然と社会の共存について熱心に考えてまちづくりを取り組んでいることが分かった。

34日目


9/21
今日はクラスの子に私の寮に来てもらって、日本料理として親子丼をふるまいました!
調味料が揃わなかったので日本の家庭料理のようにはなりませんでしたが、おいしいと言ってもらえました。鶏肉が大きいパックしか売ってなかったので、今日の夜も親子丼にしようと思い、一応5人分ぐらい作ったのですが、お昼だけでなくなりました(^^; 本当に気に入ってくれたようで、うれしかったです。
本当はお好み焼きにしたかったのですが、スーパーに行ってから、マヨネーズとかソースとかがないことに気づき、急遽変更しました。
「いただきます」も教えてあげました。というか、言葉は知っていたので、言うときに手を合わせることと、言葉の意味を教えてあげました。「作ってくれた人、食材など、この料理に関わる色んな物に感謝する言葉」と言ったのですがあってますよね…?

寒すぎてついにマフラーを買ってしまいました。

2016年9月24日土曜日

アトランタ日記 ♯13

本日もブログをみていただきありがとうございますm(__)m
アトランタより福元がお届けいたします.

昨日を持ちましてWOORIAUTO BOBY&PAINTでのインターンも終了いたしました.来週はまたYAMAMOTOAUTOに戻ります.
ここではほんとにいろいろな経験が積めたと思います.初めて知ることも多かったです.日本に帰ってこの得た技術知恵をどのように生かすかがカギとなってきますね.
さて,このWOORIAUTOで一昨日に車の運転を教えてもらいました.もちろん,.敷地内だけでの走行ですが車を置いてあるところから洗車したり作業をしたりするところまで運転できるようにはなりました.こっちに来て3週間ですが今はもう左ハンドルになれました.意外と車の運転シンプルで全く初めてでしたがいけました.車の運転ももちろん英語で教えてもらいましたが全然わかりました.作業のほうもPAINTなどはどうしても経験が必要なので実際にとはいきませんでしたが見ててすごくたのしかったです.一応作業手順は教えてもらいました.一番感動だったのは板金作業.へこみをどのように直していくかそこにも熟練の技がありました.また来週もYAMAMOTOAUTOとしてここにはいくのですがすごく優しく送り出してくれました.

学校もインターンも一週間ちょっとを残すのみとなりましたが最後まで吸収してきます.
それではまた次回!

インターン最終日

今日でインターンシップ最終日。
サンフランシスコでは様々な人にあり、様々なことを学んだ。
『トビタテ留学Japan』に出資していただいた企業の皆様、ならびにトビタテ事務局、明石高専の事務の皆様、私のサンフランシスコ留学を支援していただき誠にありがとうございます。 また、サンフランシスコでお世話になったbtrax.incの皆様、btraxでしかできない貴重な経験をさせていただきありがとうございました。
btrax CEO, Brandon K. Hill(右)

今日はGoogleとfacebookの本社に行った。
内部は撮影禁止で、この感動を写真でお伝えすることはできないが、そこは街だった。特にfacebookは社員さんだけが入ることができる街が存在し、そこには美容室や歯医者、病院、自転車屋、ラーメン屋、インド料理屋、ゲーセンなどなど、なんでもあった。
また、facebook、Google、Microsoftは社費でマスターの2/3を払ったり、家の近くまで社員専用のバスで迎えに来たり、それこそ、高品質の料理を提供したりと、福利厚生に力を入れてるのを感じた。
Google本社

facebook本社の模型


話はがらりと変わるが、インターネットのありがたみ、便利さを実感した。携帯の契約がおとといまでで今日はwifiのあるところでしか、インターネットが使えなかった。しかし、Googleの本社は郊外に位置するためUBERを使わざるをえない。そこでwifiがあるところでUBERを呼ぶことにした。そこまでは良かった。しかし、降ろされたところが全く違うところだった。私の操作ミスが原因だろう。なお、その降ろされたところから駅に向かうには車でしか渡ることのできない橋を越えなければならない。オーマイガー。

やむをえない。ヒッチハイクをした。しかし、誰も止まらない。
30分ぐらいしても止まらない。作戦変更だ。20ドル札を握りしめてヒッチハイクした。待つこと1分、止まった。事情を話し、20ドルと引き換えに駅まで送ってくれというと快く受け入れてくれ、無事着いた。
アメリカは意外とフリーwifiがない。アメリカに来る時は携帯を契約することをお勧めします!!こんな目にあったら大変です。

ネパール32日目

午前七時。最後の朝食、最後の談笑を楽しむ。相変わらずくだらなく、とりとめのない話。表面では談笑に花を咲かせているように見える。でも、別れは近い、そう心のどこかでずっと考えている。
午前八時。ポーターがホステルに到着。お別れの時間だ。別れの花を耳にかけてもらい、乳白色に輝くストールが首に巻かれる。そして皆で写真撮影。皆との時間を少しでも引き延ばしたいと言わんばかりに、もう一枚、もう一枚とたくさん写真を撮る。
そして、旅立ちの時はきた。メンバー全員と力強い握手、抱擁を交わし、僕は歩きだした。目頭が熱くなる。さよならと別れを惜しむ声が背中からたくさん聞こえる。でも、僕は振り返らない。今ここで振り返ったら、きっと栓をしている熱いものがとめどなく溢れてしまうから。さようなら、と心で小さく呟いた。

僕は切り替えのはやいのが取り柄だ。少し歩くと、すでに次の物語、次のステップへと頭は切り替わる。まるで何かのスイッチをパチッと弾いたかのよう。
ポーター兼ガイドである彼は別れの時間にさきにジープステーションに向かってしまい、僕はさっそく、この迷路のような村を出ることすらできず迷子になる。とにかく道行く人に声をかける。「ナマステ。Where is the Jeep station?」皆親切に教えてくれるが人によって真逆を指差したりとまちまちで困り果てる。ふいに子どもたちの声が近づいてくる。「Origami!!」見覚えがあるなと男の子を見るのと、そう声をかけられるのがほとんど同時だった。折り紙教室で最後まで熱心に作り方を覚えようとしていたあの子だ。道に迷って困っているんだと話すとジープステーションにつづく一本道まで案内してくれた。本当に助かった。ありがとう少年よ。ただ1つだけ、僕の名前は折り紙ではない。
そして一本道を駆け降りていく。今日は仲間の歩調に合わせる必要もなく、また「ポーターに追い付かなければ」という大義名分もある。僕は大好きな下りを夢中で駆けた。次から次へとどこに足をつく?と判断が迫ってくる。途中いくらかの登山客の「あいつイカれてるぜ。」などという言葉を小耳にはさんだが、クレイジーでけっこう。僕は今降りることが最高に楽しいのだ。逆にガンドロック方向に向かう村人に黒くてでかいリュックを背負った男を見たかと問うと20分くらい前に通ったと聞いた。ジープステーションまであと3分というところでポーターに追い付く。一安心だ。それからは疲れた足を休めるようにポーターとゆっくり歩く。
そして、ジープステーションに到着。少し待って、ポーターに別れを告げ、ジープに乗り込む。今回は11人。いつも通りのぎゅうぎゅう詰めだ。いつもと違うのは、あまりの揺れにゲロを吐いてしまったときのためのエチケット袋の配布サービスが加わったことと、隣にアラビア系の男性と白人女性のカップルが座っていること。話してみると、白人女性はベラルーシからきたドニャという女性で、アラビア系の彼はビンラディンという名で、ドニャは数年前に日本を旅したと言った。スマホには東大寺のストラップが。大阪、奈良、京都、東京、それから富士山にも登ったらしい。大阪が一番好きという彼女に大阪産まれの僕はついつい嬉しくなってしまう。しばらくすると眠気が。爆音で鳴り響く音楽と恐ろしい揺れをもろともせずに居眠りができるようになった自分が恐ろしい。
乗車から三時間くらいたっただろうか、ポカラに到着。ジープの運転手のラミスとフェイスブックを交換して別れ、ホテルへ。以前訪れたときとまったく同じ部屋に案内される。荷物を置いたあとはすぐに昼食にでかける。前から気になっていた本場顔負けと名高い中華料理店へ。ぎっしりと中国語と英語でかかれたメニューがざっと10ページほど。迷いに迷い、けっきょく餃子、チャーハン、カツレツを注文。なぜか「本当にいいのか?」と確認されたがてきとうに流し、しばらくすると料理が。日本のそれの2.5倍くらいの巨大なサイズに絶句。彼の言葉の意味をやっと理解した。美味しいが食べても食べても終わりが見えない。けっきょくどれひとつと食べきらぬまま店を出た。そのあとはしばし清掃活動に勤しむ。途中から雨が降ってきたので、中断し、自分へのお土産探しにお土産屋を回る。基本的に商品に値段はなく交渉次第だ。気に入った腕輪を3つまとめて買うことに決めた。当初の店主の言い値は1つ550Rs(1Rs=約1円)。いくつかの店を回ったがこんなに高い言い値は初めてだ。それが面白く、ここの店で値引き交渉しようと決めた。彼が3つで1650Rsと言い終わる前に、「いいや3つで600Rsだ」と被せる。他の店では1つ250Rsだったからそれより安くしないならいらないとてきとうに嘘をつき、強気で攻める。「分かった。700Rsで手を打とう」と店主。一瞬にして値段は半額以下に。しかし僕は譲らない。「聞こえなかったか?600Rsじゃなきゃいらないって。」と畳み掛ける。すると「他をあたりな。」とあちらも攻勢に。「OK。じゃあな。」と店を出ようとすると、「分かったよ。600Rsで手を打つよ。」と彼。勝った。けっきょく1650Rsから600Rsに。「値引き交渉はできますか?」とご丁寧に聞いていた昔の自分が懐かしい。店主の様子からして、たぶん1つ150Rsくらいまでは頑張れただろうが、自分がほしい価格で購入できたから満足だ。当初苦痛だった値引き交渉も今じゃ楽しみの1つに。他の土産屋で子供たちの顔写真が載せられたトランプを購入。雨足が強くなってきたのでホテルに戻る。
夕食に行きたいレストランもあったが、下水道の整っていないポカラの道路はすでに水深10センチくらいの川となっている。諦めてホテルで夕食をとる。ふと、皆でわいわいと食べたガンドロックでの夕食、そしてそのあとのトランプを思い出す。ポカラのほうが食べ物の味は格段に上だが、一人での食事はやはり物足りない。
すると、リカードから「そっちはどうだ?楽しんでるか?」と連絡が。嬉しくて馴れない英語でのSNSにも夢中で取り組んだ。色々と話し込み、気づけばもう寝る時間も近づいてきた。おやすみを言って、温かいシャワーを浴び、Wi-Fiもサクサク動くので、YouTubeで1か月ぶりの日本のロックを楽しんだ。
そしてブログをかきはじめた。

明日はカトマンズへ移動。日本帰国ももう目の前だ。無事帰られるよう最後まで危を引き締めていこう。

それでは、また明日。

集大成

September 23
ついにこの日が来ました。
朝からひたすらプレゼンの練習をしていました。
午後7時からだったのですが、16時ごろには喋りすぎて顎が痛くなるという...

午後6時
ついに丘先生(学会のトップ)と八木先生と奥さん、娘さんがいらっしゃいました。
プレゼンが目の前になって、緊張してきました。
ずっと緊張してたんですが(笑)
午後6時45分
この頃には多くの人が席に着いてあちらこちらでお喋りしていました。
ざっと、60人...
この人数の前でプレゼンなんてしたことないし、ましてや聞いてるのは歴史や文化、建築の専門家、大学院生。
そんなこと考えたてら本気で逃げ出したくなってました...

午後7時
来ました。講演が始まる時間。
しかし、通訳が来ないというハプニング。
またまた登場日本語お上手なリョウさんが「プレゼンの内容教えて」
代理通訳をするかもしれないからと。
すると、台湾で建築事務所をやってる日本人が!
冨田さんという方で、しかも明石高専出身!
さぁ、始まる!となったらやってきました通訳さん!
その通訳さんがすごくインパクトある方で、少し緊張をほぐしてくれました。
のちに聞いたのですが、その通訳さんも建築関係の人で、学会の日本語通訳では常連さんみたいです。

最初、丘先生の挨拶がありました。冨田さんが通訳してくれたんですが、緊張のせいか内容は全く覚えてません。
マイクが八木先生に。
そのまま八木先生が私の紹介をしてくださり、私に回ってきましたマイクが。
最初に、「緊張してるので、温かく見守ってください(笑顔)」で、自分を落ち着かせました。
あとは、練習通りにするだけ。
普段からすごく早口で、リョウさんにも、
「今まで出会った日本人の中で一番早口」って言われてました...
続けて言いたい文章も通訳さん(ダイさんだった気が)がガツガツと入ってきて、間を置く必要がありましたが、私にはちょうど良かったかもしれません(笑)
ダイさんが通訳してくれてる間、小声でヤバいを連呼...言ってないと心臓が持たない。
最後は、自分の活動に対する感想を言うだけだったので、一番落ち着いて自分の考え、思いを話すことが出来ました。
終わると、予想以上に多くの拍手が...
もう泣いちゃいそうでした。←何回泣くんだよって


その後、丘先生からのお言葉。
ここでは冨田さんに通訳していただきました。
私の活動の様子から、どう支えたら良いか分からなかっただとか、学会側の私に対することも聞けました。
この学会での活動中に多くの人々に出会いました。
その人達は私のことを変わった子、面白い子って言ってたそうです。
良い意味か悪い意味かは知りません。
自分が変わってて、変なことは自覚済みです(笑)

そして、丘先生の話は八木先生へ。
八木先生の紹介が終わり、「地域再生」に関する講演へ。
日本の地方、豊岡や鞆の浦などの事例、課題など、竪穴復元プロジェクトについてもプレゼンされてました。
当たり前ですが、勉強になることばかりでした。
3Aが1年生の時の鬼瓦での写真がスライドに(笑)
その後の質問タイムでは若い人材に対する「教育」についての質問も多かったです。
そこで先生の「教育」に対する、考え、熱意がすごくて...!
さらに、日本語で質問する人の多さに驚かされました。
ほとんどの人は日本語わからないから、少し噛んでも大丈夫かと思ってましたが、その光景を見て、ちょっと冷や汗かきましたね。

午後9時30分過ぎ
予定では9時までの講演会が盛り上がり、30分オーバー。
プロジェクターなどの片づけが終わり、八木先生の娘さん、奥さんにご挨拶。
実は、トビタテの書類書いてた時に、行き詰って諦めようかと考えてた時、トビタテの大学生コースで採用されていた娘さんとメールのやり取り、アドバイスも頂いていました。
感謝しきれないです!!
その頃、私が描いたマップの写真を撮るたくさんの人の姿が。
急いで作ったものであった手前、少し恥ずかしかったですが、うれしさのが勝ちます!
さらに、学会のオフィス(2階)の下にはインフォメーションセンターのようなところがあります。
そこの人が1枚コピーして貼っていいかって!!どへー!!です。
さらに、質問の時に日本語で質問してらした方に、「今日のプレゼンすごかったですね」って言われて、深々お辞儀。達成感と嬉しさ、感動...なんと言うんでしょう。

実は、学会のオフィスの一つ上の階に設計事務所があって、その事務所の方と冨田さんはよく一緒にお仕事されているらしく、良かったら5分10分見ないかと言われ、「やった~」と見させていただきました。
隈研吾さんともお仕事をしたことがあったそうです。明石高専の卒業生ってすごいなって思いました。
そして、またチャンスが舞い降りてきます!
「事務所が台北101の近くにあるんだけど、火曜日に見に来ないか」って!!!
何じゃこの巡りあわせは~~~~!って心の叫び。
そこで、上の階のオフィスの方、冨田さん、八木先生一家とパシャ。

その後、Vickiさんから写真と(英語で)「今日のプレゼンすごく良かった」というメッセージが来ていました。地下鉄の中でしたが、うれしくて笑顔が止まりませんでした。たぶん周りから見てたら気持ち悪かったかも...

今日は間違いなくWonderful な1日でした!

これにて、失礼します。
少々、日本語が変ですが、お許しください。



2016年9月23日金曜日

33日目



9/20
今日はチャンバラの日でした!
体育館に入ったら、子供たちが「こんにちは!(ロシア語で)」と言ってくれてもう感激でした(涙)
今日の練習には、先日私が教えたトレーニングが含まれていてうれしかったです。
私の得意技は足打ちなのですが、先生に「あなたの足打ちはとても速い!あなたの足のトレーニングを教えてほしい」と言われたので、思い出せる限りの(2つ)足のトレーニングを教えました。でも私の足腰が鍛えられているのは中学校から部活でやっているバレーボールのおかげで、個人的には自然に鍛えられたというか、特にこれといった足のトレーニングはやっていないのでほんとに思いつけなかったです…。