昨日のBlogでやたらメラピ山を連呼していました、インターン2日目の石原由貴です。
連呼していたと言うことは...今日行きます。
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インドネシアは130の活火山(世界の16%相当)を持つ世界有数の火山国です。中でもジャワ島中部,ジョグジャカルタ特別州の北側に位置するメラピ火山は,5~10年の頻度で噴火する,世界で最も活動的な火山の一つです。
2010年の大噴火では2006年の大噴火の3倍の威力を持ち、火砕流は20km先まで流れ、死者386人、避難者15,366人と大災害となりました。
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はじめにミュージアムを訪れます。ここは2010年の被災時には火山灰が堆積したエリアです。
メラピ山をはじめとする、インドネシアの火山についての情報はもちろん、過去の災害、そこからの復興を見ることができます。
また実際の噴火により飛んできた岩石が展示されていたり、火砕流が流れ込んだことで黒く焼けてしまった家や家財道具等も展示されています。
日本では中々見ることができない自然の脅威を目の当たりにしました。
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その後火口から17kmほど離れた所の村に訪れます。
この村は2010年の被災により消失した村が政府の支援により村ごと移り住んできた事でできた村です。
そこでかつてラジオ放送をしていた方にインタビューする事ができました。(2010年までは現役、その後は緊急時のみ)
2010年での災害では、それまで最大でも10km以内の被害範囲であったため、多くの村人が20kmの被害を想定しておらず380人もの死者を生んだと伝えて下さいました。
また現在情報伝達はラジオではなくなり、スマホが普及した為、政府の観測所によるSNSのアカウントで情報発信を行なっているそうです。
しかし最新のテクノロジーだけでなく、昔からの掲示板や放送を使った情報伝達を行なっている村もあるようです。
観測所以外からの情報を得る手段としてラジオが上がるそうですが、伝達が遅い為、What upなどのアプリケーションを使用した住民同士の伝達が進んでいるようです。
*2010年時点では避難しないために巻き込まれた方が多かった、今は?
→その後、住民は少し大きめの噴火の際は積極的に逃げるようになった
*2010年以降何か災害対策を行うようにはなったか?
→将来の大きな噴火に備え、小学校では学校レベルでミュージアムへ行き学ぶなど教育を行うようになった
*これから同じ事を繰り返さないため大切なことは何か?
→2010年の記憶を若者へ伝え続けること。忘れてしまわない事、覚えておく事がこれからの防災に繋がると信じている
*政府からの意外な援助
→家畜を多く飼う国。2010年の災害時にも牛・ヤギが多く被害にあった。家畜は財産である為国が補償をした。
また牛を飼っていると牛が村の草を食べていた。しかし牛がいなくなった事で村人が自然を大切にしなくなった。インドネシア政府は自然を守るよう住民に指示している。
人間だけでなく動物にまで補償が出た例は非常に珍しい事だった。
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その後道中でインタビューさせて頂いた方がかつて住んでいた村へ行きました。(13km地点)
火砕流が流れ込みえぐり取られた大地は現在砂防ダムとして使われています。(6箇所設置)
メラピ火山事業で得られた知見は日本の基準類や桜島及び雲仙普賢岳における火山砂防事業等に多数フィードバックされており,インドネシアに対する技術協力は,インドネシアだけでなく日本における火山防災の発展にも貢献しています。
また現存家屋は壁の一部のみとなっており9年前で時が止まっています。
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次に火口から4km地点、頂上から1番近い村を訪れました。
ここでは現在もコミュニティラジオ局が設置されており、インタビューをさせて頂きました。
2006年の大噴火では初めての大きな災害に政府の指示がないと動けない村人が、2010年には2006年の経験により自分たちで動く事が出来たそうです。
ラジオ放送をする場も実際に見学させて頂きました。
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現在は、
1.噴火後の生活維持のため財産の貯蓄を促す活動
2.村より小さな単位でミーティングを開く
→災害発生時どのような対応を取るのか、役割分担を重点的に話し合っている
→火山の様子を見に行く人、村人を誘導する人、観測所と連絡をとる人、誰が逃げ、残っているかを調べる人...など。
3.子供への伝統舞踊を用いた伝承
→ジャワ伝統音楽(ガムラン)、ジャワ伝統ダンス(ジャティラン)などの芸術に災害時の話を盛り込むことで、子供でも理解し学べるように工夫
→演奏はスポンサーがついておらず、寄付金によりボランティアで行っている
→政府や市の援助を待つのではなく、自分達のできる範囲で子供にもわかるように防災に日頃から取り組む事を大切にしている
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このコミュニティは成功したいい例とし、世界各国からコミュニティの維持や存在の学びの発信地となっています。
始まった当初はネットもラジオもなくかなり経営が厳しかったそうですが、今は電波を使った教育が可能となった。
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*防災活動において1番大切なことは何か?
→災害が起こりうる地域として、環境を学び知り、何をすべきか考え、子供への教育をする
→自然に守られていることを知り敬意を払う
(木を売れば高く売れる、しかし木の伐採を行う地火砕流の到達が早くなる、つまり自然に守られて生きている)
→自然は災害をもたらすものだが、一方で自然の恩恵を受け守られている。そのことを忘れずにいる事、自然の中で自然と共に生きること。
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現地に訪れて見ないと分からない事がある、とはよく言いますが、このことだと感じさせられます。
自然の中に人間がある事を、自然と共に生きていくことを、学びます。
これだけの被害にあっても戻ってくる方がとても多いのだとか。自然を愛し災害を受け入れ自然と共に生きる、日本では考えられない考え方・知識・技術に触れられました。
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ここで話が変わりますが...インタビューをさせていただいていると大勢の日本人が。
FMYYの日比野さんと神戸学院大の安富先生に会いました。
安富先生はD-PROの活動で以前お会いした事があり、私が登壇した事を覚えてくださっていました。
またFMYYの日比野さんは、出国前にテレビや記事などで何度も拝見し防災の勉強をさせて頂きました。またジョグジャカルタ日本人の会に防災アンケートをお願いし統計調査を行なったのですが、何とそれが日比野さんの元にまで届いており、「あのアンケートの大元の高校生はきみか!」と。帰国後機会を設けお話を伺える事となりました。
「まさか1人でこんな所まで飛び出してきたのか?!」
と。まさか世界有数の火山、メラピ山の火口4kmの地点で偶然にもお会い出来るとは思ってもいませんでした。
人の縁、繋がりとは不思議なものだと考えさせられます。
人の繋がりを上手く使う防災技術を見つけたいです。
石原さん
返信削除石原さんが留学計画で描いたことが、着実に形になっていますね!!特に、インターンシップ先での活動の様子をみていると(読んでいると)、石原さんが自力で行動した努力の成果が、たくさんの実を結んでいて嬉しいです。
あと2日、最後まで突っ走っていきましょう!